北海道人格教育ニュース 創刊号 2014年11月発行
設立記念講演会 基調講演
人格教育の意義と課題
山谷 敬三郎(北翔大学教授)
今日は、人格教育がなぜ必要かについてお話させていただく。子どもたちが自分の人格を作りあげて行くことは永遠の課題なので、少しでも豊かな人生を送ることに寄与できれば幸いである。
人格とは、精神的存在としての人間性全体を表す言葉であり、人格教育は広い意味での道徳性・倫理性を育てることを目指す教育と考える。しかし、果たして現実にこのような教育がなされているだろうか。家庭では役割取得や役割行動がなくなり、物の豊かさといった誤った条件付けの中で子どもが育っている。また、親を同一視できずにテレビやゲームなどの影響を受けて子どもが育ち、凶悪な事件を起こすものも出ている。さらに、文化を伝達・創造する場ではなくなりつつあるため、コミュニケーションをとれずに育つ子どもが現れ、愛着障害が生じている。人格教育はこうした問題解決の糸口になるのではないかと思う。
次に、学校では測定可能な学力を偏重し、時間が限定されていることもあり社会性や精神性の育成とは切り離された学習をしている。一方、しつけをして欲しいという時代の変化に伴う新たな要請にも応えようと努力をしており、世界的な調査でも日本の教師は優秀であることが認められている。しかし、モンスターペアレントや適応障害への対応などに追われ、教師は疲弊している。また、家庭でのしつけがなされていない状態の子どもを対象に授業を成立させるためには、管理すなわち集団の秩序を維持する教育作用が必要だが軽視されており、その結果、教授し、訓練することにアンバランスが生じている。そのため、人格の形成に結びつく学習そのものの楽しさを味わう授業が困難になっている。こうした事柄についても人格教育協議会として対応を考え行きたいと思う。
地域においては、人間関係の希薄化が深刻になっている。不登校の子どもの家庭は、教育関係者との関係が途切れると地域から完全に孤立してしまう。今の地域社会は、便利で自由ではあるが、冷たく、寂しい空間が増え、犯罪が多発し、社会的支援が減少している(リチュアルの未定着)。子どもに必要なのは、かつてあったようなやや不便で規制はあるが、暖かく、見守られている空間、いわゆる無意識の子育てネットワークであるが、現状は監視下に置かれる地域社会かあるいは無関心の地域社会かに両極化している。人間関係を深めるには役割交流と感情交流が不可欠だが、かつてはそれらを義理と人情と言っていた。こうしたことを私たちが忘れているのではないかということに気付かせ、回復して行くことの大切さを訴えて行くのも課題の一つではないかと思う。
以上のことに対し、責任の所在を明確にして行く必要がある。家庭の教育力の低下と言われるが、誰がどのように改善するのか。学校の加重負担についてもどのように改善するのか。また、地域社会の有り様をどのように改善するかと言うことも大変難しい課題である。米国や英国では行政レベルでの対応が一部見られるが、日本では民間において点レベルの活動が成されているにすぎず、それらを結び付けていくのが協議会や賛同して下さる方々で、基地になっていただけるとありがたい。さらに、学校における今後の道徳教育の充実、あるいは民間による自覚的な活動、研究者による実証的な研究が成果を上げることが必要であり、協議会も微力ではあるが尽力したい。
日本における人格教育の経緯について道徳教育を中心にまとめると、主流として徳育・訓育を実践する修身が戦前にはあったが、戦争遂行に利用されたことにより、受け継ぐべくものが多々ある修身ではあるが、戦後は拒絶反応が長く残り、こうした状況から生活綴り方・生活教育の流れ、集団づくり、集団主義教育の流れ、そして心理検査、ガイダンス、カウンセリングによる流れの3つの支流が生じた。道徳教育の目指す方向は、今日の人格教育と軌を同じくしており、最近は「心の教育」「人格教育(7つの習慣J)」などが登場し、増加してきている。また、2018年度から道徳の教科化も計画されている。
米国、英国を中心とした海外の人格教育の経緯は、家庭の教育力の低下、マスメディアが青少年に与える価値観への影響、道徳心、霊性(畏敬の念)の衰退、そして、麻薬の乱用、性行動の逸脱など青少年の非行の増加を背景に、1960年代の非指示的な価値教育に対する失望感が広がり、1980年代には客観的な善の人格の存在に対する肯定的認識が向上した。英国では1988年、教育改革法の改正により「人格教育(Personal and Social Education)以下PSE」が再評価されるようになった。
米国における人格教育の動向を見ると、第1期の1920~30年代は、主要な価値を教え込んでいく方法(教化説)がとられた。第2期の1960年代は価値の明確化による個人の判断にゆだねる方法(価値明確化説)を、第3期の1970~80年代はモラルジレンマによる道徳教育が行われるが価値の中立主義に陥る。こうした状況を背景に1980~90年代からトーマス・リコーナ(NY州立大学教授)が、基本的な人生目標と10の美徳を示し「人格・価値教育」を推進する。同氏が示す「教えるべき10の美徳」は①智恵②正義③不屈の精神④自制心(節制)⑤愛(共感)⑥建設的態度⑦勤勉さ⑧誠実さ⑨感謝⑩謙遜である。また、人格の基礎となる中核的倫理価値教育を進めることなどを含むC・E・Pの11の原則も示している。スティーブン・R・コヴィの「7つの習慣」もこうした美徳を習慣化することにより人格を高めようとする実践活動であり、人格教育の流れの1つと見ることができる。
英国では、先程述べたように1988年教育改革法の改正により人格教育(PSE)は、「精神的・道徳的発達を」を促すものと位置づけられ、各学校での実践を支援する体制が整えられ推進されている。
最後に日本は、中教審の答申案で「道徳の教科化」が明示され、教科書を作成し、記述式の評価をすること、指導内容として「誠実」「正義」などのキーワードを示すことや生命倫理や情報モラルについて指導することも示された。このことを踏まえ、協議会でも指導に役立つ資料を作成して行かなくならないのでないかと考える。また、学校や民間でも、佐世保市の小学校6年生の殺傷事件が契機となり、心理教育の一環として総合学習の時間などを活用し「心の教育」が行われている。私立高校の岡山学芸館高校、東京修徳高校では人格教育を前面に出して、有意義で楽しい学校生活が送れるよう指導し成果を挙げているほか、学習塾の神奈川湘南学院ゼミナールでも人格教育に取り組んでいる。協議会ではこうした動きに繋がるような研究や実践活動をして行きたい。
日本創造は霊性人格教育から
堀 展賢(PWPA事務総長)
本日は、北海道人格教育協議会の発足をお祝い申し上げる。関係各位の皆様の精誠と努力により盛大な発足式となったことを重ねてお喜び申し上げる。
「日本創造は、霊性人格教育から」というテーマでお話させていただく。世界中の文明は、基本的に四つのパラダイムを経験してきた。四つのパラダイムとは、アニミズム、多神教、一神教、物質主義である。このうち、アニミズムは最も古く、その起源はおよそ紀元前8000年で、雨、空、岩、木、動物、そして人間にも全て普遍的に霊が存在すると言う宇宙観だ。古代日本人にとって「KAMU」は万物に神が宿るというアニミズム的宇宙観を彷彿させる言葉である。
この宇宙観は、現代のアイヌ民族にも受け継がれている。アイヌの考え方は、動植物などの自然物や人間が作った物も全てに神(カムイ)が宿っており、カムイが天から降りてきて熊となって人間界に肉をもたらし、人間界での用が済むと再びカムイを天に帰すとするものだ。アイヌの物語は、成功談においては周囲のお蔭があってとし、失敗談では驕りや過信によるものとする内容が含まれている。アイヌの人々は、独裁や専制、服従を嫌い、人情の機微を大切にし、平等で平穏な暮らしを希求していたと思われる。
アニミズムに始まった文明は、再び同じ地平であるホリズム(全体論)に向かいつつある。ホリズムからホリスティック教育が導かれる。ホリスティック教育の特徴の一つは、人間を全人(ホールパーソン)として、重層的・多層的にとらえることにある。人間の人格は、知性だけでなく、身体、感情、精神性、霊性など多様な要素の統合体として、また、様々な自然的・文化的・社会的条件に規定される存在として捉え、これらのバランスのとれた成長や発達が中心テーマとなっている。
では、霊性人格教育について考えて見たい。PWPA創設者の文鮮明先生は「人類が願う自由と平和、統一と幸福は、知識の力や物質の豊かさだけでなすことはできない。人間の道徳性と霊性の開発が前提とならなければならない。すべての根源である神様と霊界に対する無知は、人を不幸と破滅へと導く」と語っている。1990年代から展開されている米国の人格教育はプラトンやキリスト教の教育論が基盤となっている。日本の人格教育も、人格の核となる魂や霊性に基盤をおいて展開する必要がある。
次に、40年以上宗教教育、人間学教育を担当された上智大学の越前 喜六教授は、真の人間観について著書『わたしの「宗教の教育法」-宗教の原理と方法論』の中で次のように述べている。『人間は構造論的には、「身体」と「心=知情意の作用領域」と「魂=神的領域」という三位一体的な次元から成り立っている。「魂」は不滅の霊で、生命の原理であり、神の似像が刻印されていて尊く、神聖で、完全無欠な領域である。「身体」や「心」は魂の道具であり、手段であり、器にほかならない。が、この三つの次元が良く調和、統合されてこそ、真の成熟した神の人となることができよう。だから身体も心もみな、大切にしなければならない。』と語っている。
人格教育協議会の目的は、霊性人格教育・純潔教育を実践することであり、活動方針は①全国組織化の促進と活性化②教育者への支援③人格教育協議会の発足と研究会の定例的開催④全国教育者夏季特別研修会の開催である。全国では、島根県、千葉県、新潟県に続き北海道は4番目の設立である。学校の教育現場においては、現職教師たちが5年間にわたって人格教育の教材研究を重ね、一昨年「道徳学習指導略案集」を出版した。すでに、仙台市、つくば市、横浜市、川崎市、上越市、大月市、大阪市などの学校でこの教材を用いた道徳授業が行われている。横浜市の小学校教諭はこの教材を用い、5年生のクラスで授業をしたところ、子どもたちが涙を流し、それを見た校長も感動したと言う。この教師がクラスでアンケートをしたところ、「好きな教科は道徳」という答えが返ってきている。一昨年には「島根人格教育フェスティバル」が開催され、松江市教育委員会の後援のもと、前出雲市長が基調講演を行った。昨年は、千葉人格教育協議会の1周年記念大会が200名の教育関係者を集め開催された。同県は、茨城県に続き高校で道徳を必修化した。毎年8月には、全国教育者夏季特別研修会が開かれ、全国から100名を超える参加者がある。
私どもで発行している月刊誌「En-ichi」は、教育者を始めとして広く国民に向けて「魂の教育」に関する内容を掲載している。北海道人格教育協議会の皆様、現場で提案したことが現政権にも反映している。日本の教育改革を推進して行こう。
役員会・総会・記念講演会の概要
平成26年10月11日、札幌市ボランティア研修センターにおいて北海道人格教育協議会設立の役員会・総会・記念講演会を開催した。役員会・総会では、まず役員を選出した。
また、会員、会費の区分は、正会員が年額6000円(初年度のみ3000円)、賛同会員が年額1000円、賛助会員は年額10000円(1口)と決まり、当初の会員数は20名で出発することとなった。初年度(平成27年3月末まで)の事業計画としては、人格教育フォーラムの開催、役員会の開催、道徳教材の検討会、人格教育ニュースの発行、他団体との連携などが決まった。また、人格教育協議会制作の道徳教材の紹介もあった。
記念講演会では、加藤 隆副会長の司会で開会の辞を山谷 敬三郎会長が、続いて設立にいたる経過報告、役員の紹介を事務局が行った。来賓として衆議院議員や代理の秘書など4名が紹介された後、お二人の衆議院議員が祝辞を述べた。次に、平和学術フォーラム北海道顧問の矢吹 恭一氏から「かつて札幌農学校のクラーク博士は学生に『紳士たれ』との言葉を残し人格教育の範を示した。北海道から新しい教育の旋風を巻き起こして欲しい」と激励の言葉があった。その後、堀 展賢氏と山谷 敬三郎会長が基調講演(講演内容は上述)を行った。また、事務局からは会員区分の紹介と入会案内及び来年2月開催予定の加藤 隆副会長が講演する第1回北海道人格教育フォーラムの案内があった。最後に、山下理事による万歳三唱、全体での記念撮影をもって閉会した。記念講演会終了後、役員を中心とした懇親会を行った。その中では計画している年間報告書(紀要)が北海道の研究者、教育実践者の良き発表の場となることを願う意見や、若い人々が多数集う会になることを期待する声があった。
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