北海道人格教育ニュース 第7号2016年6月発行

第3回北海道人格教育講演会(要旨)

教師の役割と人格教育

                                         (北海道教育大学大学院教授)

 本日は、近未来に求められる教師像について考えて行きたい。前半は、子ども達のかけがえのない人生を指導して行く際の心理学的視点を、後半は、その具体例として教師教育の質の高さを世界から注目されているフィンランドの経験を基に共に学んで行きたい。

 いま、子ども達は、複雑な社会情況下で「心の浮き輪」-安心して身を委ねられ、帰ることのできる親の膝-を見失って生きている。こうした子どもを応援する教師はどのような専門性を持つべきか。教育の原風景を考えるとき、ペスタロッチは教育のあり方を常に問い続けた先人であるが、私たちに大切なことを教えている。

 まず、子どもの「育ち」をとらえ直す必要があるのではないか。子どもは段階的に育つのではなく、前進したかと思えば、後ずさりをはじめ、やっとわかるようになったと思えばわからなくなり、のように行きつ戻りつ育っていく。また、「教え」についてのとらえ方も自らが学びほぐし、学びなおし、教えほぐしながら、例えば〇+〇=〇は不思議だね、というような感覚を残してあげること。さらに子どものかけがえのない人生をケアしつつ育むものとしての専門性を高めていくことが重要ではないか。少年事件の加害者は自分を強く見せたがるという共通性がある。教師には、鎧だらけの強さではなく回復力のあるしなやかな強さが求められており、このことは親や子どもにも言える。

 自尊感情は、他者と共にありながら、自分が自分であって大丈夫という感覚であり、自分の強さも弱さもまるごと自分を受容できる自己感覚である。弱い面は時間をかけて育てるところである。米国のブルーナーは、「教育の究極の目的は子どもに自尊感情を形成することである。」と述べている。子どもに自尊感情を形成できる教師であるかどうかが問われてくる。ほめられてきたのに自尊感情が低い子どもがいるのはなぜか。それは、条件付きで肯定されてきたか、無条件に肯定されてきたのかの違いである。Doingで愛されたのではなく、Beingで愛された、つまり無条件に強さも弱さもまるごと愛おしんでもらえ経験を持つ子どもに心の浮き輪が育っていく。

 次に、フィンランドの教師教育を見ていく。同国では1970年代と90年代に国を挙げて教育へ投資する大改革を実施した。また、早くからOECDを意識し同教職専門性プロジェクトに取り組み、日本でも学級崩壊などが話題になった80年代には、教師は教育内容と教授法の専門性だけでなく子ども理解の専門性が必要であるとして、研究的実践者像や協働的な発達援助者像を目指してきた。現在、フィンランドでは、教師は国民の蝋燭とよばれ、尊敬され、人気の高い職業であり、7つ大学に教育学部があるがその競争率は10倍を超えている。この国には、人を教育することで国を豊かにするという明確な理念がある。私がかつて訪問した人口3000人の町にある小中一貫校では、子どもの求めに応じ校長が椅子に腰掛け物語などの話し語りをしていた。家庭でも親は子どもが思春期になるまでベッドサイドストーリーをする文化がある。

 OECDが示すカギとなる能力(Key Competencies)の考え方は、最も深いところにカテゴリー3として、大きな展望の中で行動し、人生計画や個人的プロジェクトを設計し実行し、自分が人生の主人公になる能力を育てることを位置づけている。その上にカテゴリー2として異質な集団で交流する能力を育成し、顕現する能力としてカテゴリー1の他者と関りあい、対話しながら言葉や知識、情報を用いる力を育てていくとしている。

 フィンランドの教師教育を、北海道教育大学と研究協力協定を結んでいるオウル大学で昨年度実施した調査を基に見ていきたい。附属小学校の低学年教室には前述の小中一貫校と同様、椅子に腰掛け物語を語る学習環境が整備されている。授業では低学年でも教科の専門内容は深く教えられている。また、朝の会では児童が中心になって運営しているが、ヘルバルト研究が専門で博士号を持ち、同大学院博士課程で論文指導をしている校長は、子どもと一緒に踊りを踊っていた。

 同国では教師の資格を取得するには学部3年と修士課程2年の5年が必要とされている。

一度教師に成りさらに学ぶ場合や、他の職業についてから教師を希望する場合は、博士課程で学ぶことになるが、その際の教育実習は幼児教育の現場で行われ、保育士の指導も受けている。教育学部のある7大学との遠隔カンファレンスはITを活用し実施されている。また、驚いたことには、同大学の教育学部の学生は技術・被服・工芸が必修になっている。教師を目指している者にものづくりの感覚を体験させ、人と対話しながら工夫していくことを学ばせている。博士課程の論文集から探求者としての教師像を追求していると感じた。

 では、日本において近未来の教師に求められる専門性を補足したい。まず様々な特徴や個性を持った教師がチームとしてコラボし、子どもをケアしつつ育み充実した人生を送ることができるよう支援すること。その上で持続可能な社会の実現を目指す新しい文化を創造していくことのできる環境づくりに知恵を出して行くことではないかと考えている。最後に、これから求められるのは、学問・芸術を探求する喜びを胸に深く刻みつつ、日々、子どもと出会い直しながら学び続ける教師であり、完璧な教師であることを描くよりも、抱え込まず、相談力があり、他者とともに成長し続けるしなやかな教師ではないか。(平成28年5月21日)

□参加者の感想(アンケートから抜粋)

・前半の<心の浮き輪>が育つための自己肯定感の育成がいかに大切かということを改めて実感しました。目に見える学力を支える、目に見えない力の育成の重要さを再認識しました。後半では、フィンランドの教育について、その教育現場の環境と教師の育成について大変参考になりました。

・強みと弱みを自覚することが教師(大人)にも子どもにも大切なことだと改めて感じました。弱みをゆっくりと時間をかけて克服するために、チームとして動けるような雰囲気をつくること。学級も職員室もそんな雰囲気をつくれるように自分ができることは何か、考える時間となりました。今日のお話をもとに、職場で実践できることを整理し、取り組んでいきたいと思います。

・教育の中で学生の良い所を見つけてほめて伸ばす…よく聞いていましたし、そのように関ろう考えていました。その“認められていること”ということに対して“そんなことはない”と強く否定する学生たちへの関わりに困ることがあったのですが、それまでの条件付の肯定という経験が関係していたのだということが分り、とても納得しました。

・講師の先生に、今困っていることについての助言もいただき、とても有意義な時間でした。学生と教師がともに学ぶ、という姿勢が重要であると再認識しました。

・子どもももう大きく学校や先生という立場の方と関係を持つことは、今はないのですが、親として、一人の人間として、日々の社会生活や人間関係の中で、興味深く参考になる内容がありました。特に<自尊感情>の内容において、自分自身がそこに意識を持って他者をそのように容認していけるようになって行きたいと思いました。

□研究紀要「教育と人格」に交流広場

 研究、実践以外に会員の皆様の教育に関わる投稿を募集します。(詳細は後日)

第2回北海道人格教育セミナーのご案内

テーマ:「近代教育が否定したことから見える人間教育」

講 師:加藤 隆(名寄市立大学教授)

日 時:平成28年7月30日(土)午後1:30~3:30

会 場:かでる2・7  1040会議室

参加費:会員500円、一般1000円

*講演後、小グループに別れてのミーティング                                   

□今後のスケジュール

・11月5日(土)  第2回シンポジウム                     

   「子どもの心を育むコーチング」山谷敬三郎(北翔大学教授、本会会長)    

・2月18日(土) 第2回フォーラム


北海道人格教育協議会

教育の目的は、教育基本法の第一条にあるとおり、「人格の完成」にあります。子どもたちの豊かな未来、幸せな未来のために、家庭・学校・地域社会が連携しながら役割を果たすことができるように、「人格教育」とは何かを考え、実践していきたいと思います。

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